誰でも、このような生い立ちと、人生を過ごせば、ターゲットとなる諸症状を持つに至る、というストーリー(人生)を作ります。その時、クライエントさんがリアリティーを感じられる物語になるように、セラピストはアイディアを出したり質問しながら援助します。
アプローチ・技法について
投影物語り法(商標6649208号)
投影物語り法は当心理相談室で生まれ、専門家に知られ始めています。
投影物語り法で扱うテーマは、カウンセリングや心理療法で取り扱う問題の中でも、言葉にできない身体感覚、原因がまったく想像もできない自分の困り事や癖等、従来の心理セラピーでは回復援助が難しいとされてきたに問題に対処する中で生まれました。
例えば、ある状況になると理由がないのに気持ちがとてもネガティブ(落ち込み、絶望感、悲しみ、孤独感、寂しさなど)になるのをコントロールできない。ある状況になると、普通でなく、胸が苦しくなる、喉または胸が締め付けられる、涙が出る等。部屋を片付けたいが、どうしてもできない・その気にならない。辞めたいけどやめるのが困難な依存症や手洗い等の強迫的な行為も含まれます。(ここではこれらをターゲットと呼びます。)以上のようなターゲットの症状を少しでも軽減するのが投影物語り法です。
投影物語り法の基本的な原理は、トラウマの解離理論に基づきます。
トラウマの解離理論では、上記のターゲットとなる諸症状をフラッシュバックの一形態と捉えます。そして、これらのフラッシュバックはトラウマを負った時の身体記憶や気持ちの断片ですが、その時に何が起こったかという出来事の記憶(陳述記憶)がブロックされて心に浮かばないので、上記の諸症状が現れてもその原因が分からずに苦しむと考えます。そして、ターゲットの諸症状の原因となる陳述記憶が思い出され、その時の身体感覚、気持ち、体の姿勢、動き等と結びつくと、ターゲットは軽減されていきます。
トラウマとなる状況では、身体感覚や気持ちが辛すぎて受け止めきれないので、陳述記憶とそれ以外の記憶の結びつきを切って、少しでも心を楽にするような働きが脳にはあると考えられています。
ですから、これらを結びつける方向の作業をするというのは、トラウマを処理するセラピーに共通しています。しかし、ここで困難さがつきまとうのは、それらの記憶を思い出して繋げようとすると、心理的にはとても辛いので、解離が自動的に起こってしまい、そうなると陳述記憶、つまり出来事を思い出せないというジレンマです。ですから、フラッシュバックされた症状をより感じようする方向では、回復に結び付きにくいと言えます。
このジレンマを回避するために、投影物語り法には工夫がされています。そしてこの工夫こそが斬新で、投影物語り法は難しいターゲツト症状に対して、有効なアプローチとなっています。
工夫は、架空の他人の物語という枠組みです。
他人の物語という枠組みを作ると、他人事ですから、その物語から感じる苦痛は自分が直接経験する場合よりも、はるかに少なくて済みます。ですから、陳述記憶を思い出しやすくなり、他人の物語として思い出しても解離は起こりにくいのです。しかし、そこで紡がれる物語は、本人の投影を使うので、結局本人の心の中にある記憶等が素材となります。従って、物語は本人が忘れているトラウマの性質にかなり正確に近づきます。場合によっては、物語を紡ぐ作業をきっかけとして、解離を起こさずに失われていた陳述記憶が蘇る時もあります。
このようにして、安全な環境で解離を防ぎながら、扱う諸症状をその原因となるトラウマと結び付け、症状からの回復援助が可能となります。
繰り返しになりますが「ある架空の人を主人公にして」という所にポイントがあります。
その際、主人公の性別や年齢、時代と国の設定を変えた方が、クライエントにとってよりそのストーリーを実感できることがあります。テーマによっては、舞台をインカ帝国に移した方がやりやすければ、そうします。このようにして、ある主人公が、生まれてからターゲットの諸症状を持つに至るまでの人生を、クライエントが実感できるように一つのストーリーとして作り上げます。
以上の方法でストーリーを作ると、そのプロセス自体の中でカタルシスが起き、それまで表現できなかったような深い気持を表現でき、癒しが起こります。
更に、できたストーリーを客観的に分析し、クライエント自身の生い立ちから今までの人生を重ね合わせる事で、ターゲットの諸症状の本当の原因を知ることができます。この過程で、予期せぬ原因が見つかったりすると、それだけでも大きな気づきとなり、クライエントの心の回復は促進されます。
できたストーリーを肯定的に再創造し、書き換えるのが、2番目のステップです。ステップ2にはもう一つの治癒的な可能性があります。
例えば、親しい人や親から辛く虐められた経験がトラウマになり、誰かと親しくなると(或いはなろうとすると)、トラウマ時の辛かった気持ちが無意識に蘇り、どうしてもその関係性を切りたくなる人がいたとします。このような人は、トラウマにより親しい人間関係に強い回避が起こり、その為に、肯定的な対人関係を持てなくなります。ある人を信頼して助けてもらったり、或いはいい友人を持つ事さえもできなくなるかもしれません。根深い対人不信に苦しむかもしれません。このように、トラウマからの回避が起こると、本来であれば経験できた肯定的な経験が失われてしまいますが、そのような肯定的な経験こそが、トラウマの影響を癒してくれるものなので、トラウマま後遺症の辛さが続いてしまいます。
このようにトラウマ以後、ある領域の肯定的な経験が回避され、体験されない事を「失われた道」と呼びます。失われた道は、本人の意志や生き方が悪かったという問題でなく、辛いトラウマ後の自然な反応と捉える視点が大切です。
当心理相談室では、トラウマ処理において、この失われた道を取り戻す事も重要と考えます。そうする事で、癒されるだけでなく、豊かな人生を取り戻せます。
その一つのきっかけとして、ステップ1の物語から出発して、途中で一部創造的に変える事で、回避されてきた肯定的な体験を疑似体験してもらいます。そうする事で、これまでの生き方から思いつかなかった肯定的な世界を垣間見て、失われた道を取り戻すきっかけになります。前述の例で言えば、親しくなった人との関係性を、自然に維持できるようになるのです。
通常の進行では、ステップ1・2共に、目安として各々1・2回のセッションを必要とします。
しかし、特に発達性トラウマの場合、一回の投影物語り法ですべてが解決するというのは現実的ではありません。投影物語り法は優れた方法で、少しずつの前進をサポートしますが、それでもセラピストとの関係性を築き、長期の心理セラピーが必要になる事も付け加えておきます。